制作記録 / 長期密着
破産した予備校を、撮る予定はなかった。
長期密着ドキュメンタリー制作記録|『再生屋の1000日間』第1話の舞台裏
会社は破産した。けれど、授業は続いていた。
2023年5月9日。千葉大学の目の前にある公務員試験予備校。新しい経営陣が事業を引き継いだのは、前日のことだった。
教室には、かつての予備校の面影が色濃く残っている。二階では先生が、いつもと変わらず学生たちに授業をしていた。
「まだ生々しい状態ですね」
カメラを回しながら、私は思わずそう口にした。
何より興味を引かれたのは、そこにいる人たちだった。
学生のためなら時間も手間も惜しまない、以前から予備校を支えてきた先生たち。一方、無駄を省き、仕事の仕組みを変え、経営を立て直そうとする新しい経営陣。
見事なまでに、考え方が違う。
ドラマなら、対立する二つのグループが衝突を繰り返しながら互いを理解し、最後には成功をつかむ。そんな物語になるのだろう。
しかし、これは現実だ。
互いを理解できないまま終わるかもしれない。そもそも、予備校の再生そのものが途中で頓挫するかもしれない。
誰にも結末が分からない。
だからこそ、撮ってみたいと思った。
しかも、この日、私はこの予備校を取材する予定などなかった。
本来の取材先は、車で10分ほど離れた施設だった
話の始まりは、以前制作した『中卒40歳・年商12億円経営者の1年間密着ドキュメント』だ。
それを見たSmartWorX(スマートワークス)から、映像制作の相談を受けた。
同社は学習塾を中心に、複数の事業を展開していた。何を長期密着の題材にするか。ヒアリングを重ねながら、私なりに考えた。
そのなかで最も面白いと感じたのが、新たに始めた放課後等デイサービス「ジョイーレ」だった。
放課後等デイサービスは、発達に特性のある子どもなどが、放課後や長期休暇に利用する福祉サービスだ。
子どもを通わせようとする親御さんにとって、そこにどんな先生がいるのか、子どもたちは一日をどう過ごすのか、どのような考え方で支援しているのかは、何より知りたい情報ではないだろうか。
けれど、施設紹介の文章や写真だけでは、実際の空気までは伝わりにくい。
そこで、長期のドキュメンタリーにしたらどうだろう。
日常を積み重ねて撮影すれば、先生たちの人柄や子どもたちとの接し方、施設の教育方針など、言葉では説明しきれないものが見えてくるはずだ。
再生回数は、それほど大きく伸びないかもしれない。
それでも、こうした情報を必要としている人は確実にいる。必要な人にきちんと届く映像を作れれば、長い目で見てクライアントの利益にもつながるのではないか。
そう考え、5月9日にジョイーレへ取材に向かった。

取材が終わる頃、様子を見に来たSmartWorX代表の渡邊さんから、近くに事業を引き継いだばかりの公務員試験予備校があると聞いた。
「ついでに見に行きますか」
そんな話になり、車で10分ほどの校舎へ立ち寄ることになった。
それが『再生屋の1000日間』の始まりだった。

教室には、破産した会社の昨日が残っていた
千葉大学の目の前にある「キャリアサポートセミナー(CSS)」。
2009年創業。公務員を目指す学生たちを指導してきた予備校だ。
しかし、経営が行き詰まり、破産。SmartWorXが破産管財人を通じて事業を引き継ぎ、「キャリサポ」として再出発することになった。
校舎の二階では、元の経営者である川井先生が授業を続けていた。
一方、隣の建物には、ほとんど使われていない教室があった。
畳まれた机、残された教材、壁に貼られた2018年の合格祝賀会の写真。廊下には「立つ鳥、跡をにごさず」の文字まであった。
かつて大勢の学生が出入りした場所の痕跡が、そのまま残っている。
破産したからといって、そこで過ごした人たちの時間まで、翌日に消えるわけではない。
授業は続き、学生たちは自習している。ところが、会社の名前は変わり、看板や書類をどう扱うかを確認しなければならない。給与の未払いをめぐる相談も残っていた。
成功した経営再建の話を、後から聞いているのではない。
再生できるかどうか、まだ誰にも分からない現場に立っている。
そこには、後から再現しようとしてもできない生々しさがあった。
同じ予備校なのに、まるで別の二つの会社だった
新旧経営陣の対比は、取材を進めるほど鮮明になっていった。
渡邊さんと秋山さんは、経営が悪化した学習塾を引き継ぎ、立て直してきた人たちだ。
数字を見て、無駄を減らし、素早く判断し、実行する。
一方の川井先生と間舎さんは、学生一人ひとりに向き合うことに力を注いできた。
授業だけではない。面接の練習、エントリーシートの添削、就職への不安の相談。学生が困れば、できる限り面倒を見る。


約2週間後の再取材では、その違いが一日の中にはっきり表れていた。
間舎さんが、提出期限の迫った学生のエントリーシートについて、電話で相談に応じていた。
書いた内容を確認し、面接の際にも使うからコピーを取っておくよう勧めている。
これを校長自身がやるのか、と私は驚いた。
しかも、コースの受講生に対する面接指導やエントリーシートの添削は、回数無制限だという。
「何回でもOK?」
思わず聞き返した。
そして、指導の手厚さに驚きながらも、これでは商売として成り立たないのではないか、と口にした。
学生の立場なら、これほどありがたいことはない。
けれど、経営する側から見れば、どこまで時間と人手をかけられるのか。
学生への手厚い指導と、事業として成り立たせること。その両立に苦しんできた予備校だった。
同じ日、秋山さんは校舎の片付けに追われていた。
積まれた書類を仕分け、使っていないものを捨てる。
「1年使ってないやつは捨てましょう」
次々と判断していく。
「今の秋山さんを見ていると、だいぶ世間が思うM&Aのイメージが変わる」
私がそう言うと、秋山さんは冗談交じりに、こう答えた。
「これがM&Aです」
経営再建の第一歩が、大掃除。

数々の事業を立て直してきたSmartWorXにとっても、こうした形で再生が始まるのは珍しいという。
厳密には、今回の案件は通常の会社買収ではなく、破産後の事業の引き継ぎだ。
それでも、新しい経営陣が自ら書類を運び、片付け、次々と判断していく姿を見ていると、まさに事業再生の第一歩に立ち会っているように感じられた。
片方は「これを残す必要があるか」と考え、もう片方は「この学生に今、何が必要か」を考えている。
どちらも本気だ。
だからこそ、簡単には噛み合わないかもしれない。
そもそも、引き継ぎ自体が実現しない可能性もあった
あとから取材して分かったのは、渡邊さんは最初、この予備校の引き継ぎを断っていたということだ。
SmartWorXの主力は個別指導塾。ところがCSSは、集団授業を中心とした公務員試験の予備校だった。
対象とする生徒も、仕事の進め方も違う。渡邊さん自身、立て直せる自信がなかったという。
元の経営陣は、別の引き継ぎ先との交渉もうまくいかず、大切な取引先に事業継続を断る寸前だったと話している。
それでも、再び話がつながった。
渡邊さんは本来、その日東京にいない予定だった。しかし、出張がなくなった。
川井先生の大学での講義も、たまたま休みになっていた。
偶然にも二人の予定が合い、急きょ面談が実現。渡邊さんは、その場で事業を引き継ぐことを決断した。
後の取材で川井先生は、その経緯を「ほぼ偶然でできた」と振り返っている。
こうして5月8日、事業が引き継がれた。
そして翌9日、今度は私が、本来の取材先から偶然そこへ立ち寄った。
一つでも予定が違えば、事業の行方も、私が撮る作品も、変わっていたかもしれない。
ドラマになりそうだった。だからこそ、怖さもあった
学生のためなら、時間も手間も惜しまずに指導を続けたい人たち。
一方、事業を存続させるために、仕事の進め方や仕組みを変えようとする人たち。
こんなに考え方の異なる人たちが、同じ会社で働き始めた。
しかも、破産したばかりの予備校で。
映画やドラマなら、ここから対立を乗り越え、互いを理解し、最後には成功をつかむ。
いかにも物語になりそうな設定だ。
だが、現実には脚本がない。
意見が噛み合わないまま終わるかもしれない。立て直し自体が途中で頓挫するかもしれない。
その可能性も含めて、面白いと思った。
初日の夜、新旧経営陣は食事を共にした。
川井先生は、試験を控えた学生たちを途中で放り出さずに済んだことへの感謝を伝えていた。
秋山さんは、こう答えた。
「ここからね、ちゃんとやって、全員幸せにならないと」

言葉だけを聞けば、気持ちは一つになったようにも見える。
でも、翌日から何もかもが順調に進む保証は、どこにもない。
私は、まだ結末のない話を撮ってみたいと思った。
上手くいくと分かっているから撮るのではない。上手くいくか分からないから、撮り続ける。
放課後等デイサービスの取材から始まった一日が、そんな長期密着の入口になった。
