制作記録 / 長期密着
写真を借りに戻った日、家族信託の意味が映った
長期密着ドキュメンタリー制作記録|『家族って何ですか?』第1話
2023年12月、クリスマスの頃。
鈴木家を再び訪ねたのは、昔の家族写真を借りるためだった。
その日、80代のすずこさんが息子の亮さんに尋ねた。
「家族信託?」
「という制度を利用しているから大丈夫ということです」
すずこさんは、息子に財産の管理を任せる家族信託の契約を、約2年前に結んでいた。ところが、その契約自体をよく覚えていなかった。
この場面を狙って撮影に行ったわけではない。写真を借りに行った先で、思いがけず出会った親子のやり取りだった。
そして私は、この光景を目の当たりにして初めて、亮さんが2年前に家族信託を結んでいたことの意味を、実感をもって理解した。
「必要です」と説明しても、なかなか伝わらない
取材が始まったのは2023年5月。
認知症などによる財産管理の問題に取り組む、トリニティ・テクノロジー(現・株式会社こころのカンパニー)への密着取材を始めた。同社は現在、「おやとこ」という名称で家族信託のサービスを提供している。
家族信託とは、親が契約内容を理解し、判断できるうちに、預金や不動産などの財産を子供などの家族に託し、決められた目的に沿って管理・処分してもらう仕組みだ。
例えば、親が介護施設に入ることになり、自宅を売って費用を用意したいとする。しかし、その時点で親の判断能力が衰え、売却について十分に判断できない状態になっていたら、手続きは難しくなる。
あらかじめ家族信託を結んでいれば、信託した財産については、受託者である家族が契約に従って対応できる。
重要なのは、本人が契約内容を理解し、判断できるうちに備える必要があるということだ。認知症と診断されたら一律に契約できないわけではない。しかし、判断する力が失われてからでは、新たに契約することは難しい。
一方、親が元気に暮らしているうちは、子供も「まだ大丈夫だろう」と思ってしまう。
そもそも、親のお金について話を切り出すこと自体が難しい。「なぜ、子供に財産を全部明かさなければいけないのか」「俺が死ぬのを待っているのか」と、誤解されてしまうかもしれないからだ。
実際に困ってからでは間に合わないことがある。けれど、まだ困っていない人に、その必要性を自分の家族の問題として感じてもらうのは簡単ではない。
制度の説明だけでは届かないことを、映像でどう伝えるか。 それが、この取材の課題だった。
2021年ごろ、両親の将来に備えた息子
2023年7月20日。トリニティ・テクノロジーの担当者、山口さんに同行し、鈴木家を初めて訪ねた。
50代の一人息子・亮さんは、約2年前の2021年ごろ、すでに両親と家族信託の契約を結んでいた。
きっかけは、父親の記憶力の低下だった。一週間前のこと、昨日のこと、今朝のこと。やがて、ついさっき交わした会話さえ忘れるようになっていたという。同じころ、母親のすずこさんにも物忘れが見られた。
亮さんは両親の預金や不動産の状況を調べ、将来への備えを考え、家族信託の契約を結んだ。
私が訪ねた2023年7月、90代の父親は認知症を患い、すでにグループホームで暮らしていた。一方、80代のすずこさんは、広い自宅マンションで一人暮らしを続けていた。
今後、母親にも施設での生活が必要になれば、マンションを売ったり貸したりして費用に充てることも考えられる。亮さんは、そんな将来まで見据えていた訳だ。
「ああ、やって良かったなとは思いますね。とにかく安心度が全然違いますね」
亮さんの用意周到さには感心した。
ただ、正直なところ、私には少し疑問もあった。父親の認知症への備えは分かる。しかし、まだ自分で暮らしている母親にまで、2年前から家族信託が必要だったのだろうか。
すずこさん自身も、こんなふうに話していた。
「一生懸命働いたから、子供に面倒見てもらうとか、そういう考えはないです。できるまでは一生懸命やろうと」
子供の世話にはなりたくない母親と、先回りして将来に備える息子。7月の取材で見えていたのは、そんな二人の姿だった。

この日、鈴木家へ向かう車中で、山口さんが話した言葉も印象に残っている。
「この契約から本当に効果を実感するまでとか、本当に効果を発揮するまで数年先って言うのも珍しくないので」
山口さんは、契約の効果が表れるのは何年も先になることがあり、そのとき初めて、自分たちの提案が適切だったかどうかの「答え合わせ」ができるのだと話していた。
契約した日がゴールではない。本当に備えが必要になるのは、もっと先かもしれないのだ。

写真を借りに行ったら、5か月前とは違う親子がいた
そして12月。昔の家族写真を借りるため、再び鈴木家を訪ねた。
久しぶりに会ったすずこさんは、前回の取材のことをほとんど覚えていない様子だった。

家族信託の話になると、すずこさんは「覚えてないです」と答えた。そこで亮さんが尋ねた。
「僕がお金の管理をしているのは、わかっている?」
「わかんない」
「わかんないのね」
亮さんは、必要なお金は自分が用意できるから心配しなくていい、と繰り返し説明した。しかし、すずこさんは手元のお金が足りなくなることを心配していた。
「大丈夫。他のカバンに現金がいっぱいあった」
「そうだっけ」
亮さんによると、その日の朝、二人で別の鞄に現金があることを確認したばかりだったが、それなのに、すずこさんは忘れていた。
「お金がない」と心配する母親に、息子が何度も説明する。そんなやり取りが、カメラの前で続いた。
7月には、子供の世話にならず、できることは自分でやりたいと話していたすずこさん。それから、わずか5か月。
あのときの言葉を覚えていた私は、目の前の変化に驚いた。
朝、一緒に確認した現金のことを忘れてしまう。息子が財産を管理していることも覚えていない。これから先、財産の管理をすべて本人に任せるのは難しいのではないか。
そして、夏の取材で感じていた疑問が、ようやく腑に落ちた。
亮さんは、この状態になってから家族信託を考えたのではない。母親が契約内容を理解できた約2年前に、すでに準備を終えていたのだ。
父親だけでなく、母親の将来にまで備えていた。私には、亮さんの判断が英断だったと思えた。

もちろん、すべての家庭に家族信託が必要なわけではない。契約すれば、介護や財産管理の問題がすべて解決するというものでもない。
ただ、鈴木家の場合、すずこさんが契約を忘れてしまった後も、亮さんは信託した財産の管理を続けることができていた。
専門家が「元気なうちに備えてください」と何度説明しても、かつての私のように、その必要性を実感できない人はいるだろう。
だが、契約したことを忘れている母親と、その隣で財産管理を続ける息子の姿には、制度の説明だけでは伝わらない説得力があった。
予定していなかった場面こそ、作品の核になった
あの日は、家族信託の効果を確かめるための再取材ではなかった。目的は、昔の家族写真を借りることだった。
もし7月の取材だけで終わっていれば、亮さんの「安心度が全然違う」という言葉だけ紹介できた。しかし、なぜ備えが必要だったのかを、親子の暮らしの中で見せることはできなかった。
ドキュメンタリーの取材は水物だ。どれほど準備しても、決定的な場面が撮れるとは限らない。逆に、別の目的で訪ねた日に、作品の核となる場面に出くわすこともある。
何が起こるかは、撮影する側にも分からない。
だからこそ、時間をかけて取材対象者との関係を築き、その後の変化を追い続ける意味がある。長く撮れば必ず面白い場面が撮れるわけではない。けれど、一度のインタビューで終わっていたら、出会えない場面があるのも事実だ。
「家族信託は、判断能力があるうちに備えるものです」
専門家のそんな説明だけでは伝えきれなかったことが、5か月の時を経た親子の姿から、はっきりと見えてきた。
写真を借りに戻った日の一番大きな収穫は、まさにそれだった。
